腰痛を完治させた驚愕の治療法。(腰痛 悪化編その2)

      2017/02/11

こんにちわ ぜち です。

治療法と書いておきながら、一向に治療方法に進まないですが、まぁ慌てないで下さい。

自分も腰痛で悩んでいた頃は、ネットサーフィンで腰痛の治療法や体験記を読んでは、少しでも良い治療方法がないか探したものだ。

 

特に体験記等は、自分と同じ様な症状で共感が出来たり、ちょっとでも効果があった治療法等が書いてあれば、穴が空くほど読み漁ったりしたものだ。

そう言えば、あの当時、腰痛の広場なる掲示板があり、それこそ、体験談や東洋、西洋に関わらず色々な治療法が載っていた。

 

確か、実際に腰痛で苦しんだ経験がある人が管理人だった思うが、腰痛の人ばかりが集まる掲示板なので役にたつことも多く、共感し合えたりして心強かった。

その後、何年かした後に閉鎖してしまい、今でもネットでググると閉鎖しましたというページだけが残っている。

 

話しがずれてしまったが、さて、その1からの続き。

 

救急車で整形外科に運ばれてから、初めての夜。

初夜と言っても全く意味が違うが、ベットに横になっていても、身体を動かす度に腰に響き、寝返りも滿足に打てない辛さと、一人で入院という心細さでいっぱいで中々寝付けなかったと思う。

 

うつらうつらしても、身体を動かす度に痛さで目が醒める有様だった。

何度か目が覚めながらも、一夜明け、目を覚ましたところ、やっと、部屋が4人部屋だという事に気づいた。

 

確か、その部屋に入院していたのは3人だったと思うが、とにかく身体を動かすだけで腰が痛いので、腰の事ばかりに神経が集中している為、滿足に自己紹介も出来なかった気がする。

 

朝食が配膳されても、起き上がる事さえ出来ないので、ご飯も滿足に食べられなかったと思う。

お腹もあまり空いていなかったいうのもあるが、看護婦さんが様子を見にきて、看護婦さんに起こしてもらってようやく食べる事が出来た。

 

先生はお休みなので、明日じゃないと治療が出来ないと言われてがっかりした記憶がある。

食事が終わっても、腰痛に耐えながら只ひたすらに寝てるしかなく、テレビは見ていたかもしれないが、本当に苦痛だった。

 

午後から、奥さんが子供を抱えて、必要な着替えとかを持って様子を見に来た。

ホッとして気が緩んだせいもあるが、前日の夜から、全くトイレに行っていない事に気づいた。

 

腰の事ばかりに気がいってしまい、尿意を全く感じる余裕がなかったようだった。

トイレにも立っていけないので、しかたなしに、ベットの上で横になって尿瓶を置いてもらい、ベットの上で用を足すという初体験をした。

 

相当、オシッコが溜まっているはずなのに、他の人もいるベットの上という異質の環境で緊張していたせいか、なかなか出なかった記憶がある。

それでも、出てしまえば、相当溜まっていた事もあり、溢れるんじゃないかとドキドキした。

 

奥さんと子供が帰っても、とにかく寝てるしかないので、早く先生が来て痛みを取ってくれと、そればかり思っていた。

翌日も本当は先生は休みだったらしいのだが、自分の為に午後から診察に来てくれて、取り敢えず腰に痛み止めのブロック注射を打ってもらった。

 

仰向けになるのも、痛くて大変だったが、ブロック注射も結構痛かった。

それでも、2~3時間もすると、少し痛みがひいてきて、夜にはトイレには行ける位まで回復した。

 

とは言っても、まだ痛いのは痛く、ずっとベットの上でテレビを見ている事位しかすることがなかった。

4日目位になると、トイレに行ったり、喫煙所まで行ける位には回復した。

 

会社の目の前の病院なので、窓から朝夕の通勤時には、会社の人が歩いているの毎日眺めていた。

仕事とは言え、自由に動ける事が羨ましかった。

 

そこの整形外科は、CTスキャンしかなく、多分椎間板ヘルニアでしょうと言われ、痛み止めと、毎日マーサージを治療をしてもらう事になった。

段々と回復はしてきたものの、やはり長時間は立っていると、腰が痛くなった。

 

中々、その症状もとれないまま、2週間が過ぎた頃に、会社の上司と会社の診療所の看護婦さんが来た。

自分が担当していた群馬の仕事も、自分が不在な為、現場もとうとう進まなくなってしまい、誰か補助を付けるから現場に復帰しろという事になり、その日のうちに強制退院させられた。

 

翌日は、朝早くから補助の役の人が車で迎えに来て、現場まで行く事になった。

腰のサポーターを巻き、当時流行っていた骨盤を抑えるゴムバンドを巻き万全の体制で現場に向かった。

 

現場では、運転はさせない、鉛筆よりも重いものは絶対持たせない、長時間立たせない、只、指示を出すだけという事で、補助役の人は僕の分身となって動くように言われていた。

久々に立って歩きまわったり、入院生活で筋肉が衰えていたせいもあったのだと思うが、夕方には腰が痛くなり、又、ギックリ腰になるのではという恐怖感が毎日の様にあった。

 

出張の為、ずっとホテルだったが翌朝起きると腰が痛くなってしまい、すぐに和室に変えてもらった。

病院のベットは硬かったから腰が痛くならなかったのだと、この時に初めてわかった。

 

柔らかいと腰が沈んで負担をかけてしまうのだ。

平日は出張でホテル住まい、週末になると家に帰ってという生活が一ヶ月以上続いたかな。

 

段々、腰の痛みも治まって来たが、やはり無理をすると、腰が痛くなるのは相変わらすだった。

出張が終わって日常の業務に戻っても、常に腰を意識せずにはいられず、なんとなく頼りなくて、ちょっと無理をすれば折れてしまいそうな、ガラス細工の様な感覚はずっと続き、肉体的な作業等は相変わらず出来ずにいた。

 

ギックリ腰から回復はしたものの、後遺症的な腰痛は、この後、数年悩まされる事になり、ドクターショッピングならず治療院ショッピングが始まるのであった。 続く、、。

 

 

 

 - 腰痛