地名の由来の調べると意外な興味が湧く(その一)

      2017/01/05

こんにちわ ぜち です。

今日も、前日に引き続いて、又、地名の由来編といこうかと思う。

 

普段、何気なく使っている地名だが、意外と地名の由来を知らない事に気づいた。

調べてみると、意外と面白くて興味深い。

 

最近、同じ所に何度も電車で出かける事が多いので、地名について気になりだすと、調べずに入られないのだ。

さて今日は幕張メッセに展示会に行って来たのだが、その地名の由来について書こう。

 

どうやら確実な由来はない様な感じかなぁ。

1番説得力がありそうなのは、幕張メッセがあった辺りは、もともと海の中で、今の場所は埋め立て地だった。

 

元の幕張はというと、現在の総武線幕張駅付近の事だ。

そこから、南が海だったのだが、浅瀬の海岸に春頃になると貝類がまるで膜を張ったようにいた、というところから来たという説。

 

そういえば、幕張に副都心計画がスタートして、大手の会社が次々にビルを建て初めた頃、とあるビルに設備を入れる為に2ヶ月位通った事があるんだが、当時はまだ、電車に本数が少なく、仕事が終わって海浜幕張から帰ろうにも2~30分待たないと電車が来ないので、その間、駅の中の売店で缶ビールとツマミを買ってよく飲んでいたんだ。

 

そのツマミがホタテのソーセージなのだが、凄く美味しくて、毎回それを買って皆で飲んでから電車で帰ったものだ。

ホタテのソーセージて当時は他の店でも見た事がなく、まさに海浜幕張の駅の売店にしか売っていない特産物さったんだよね。

 

だから、この由来がなんとなく一番、信ぴょう性がある様に感じられるよ。

あ~ホタテのソーセージが食べたくなってきた。

 

2番目は源頼朝が石橋山の戦いで破れ、再起を図る為に東上途中に、千葉氏が幕を張った休憩所を提供したという故事から幕張とつけられたいう説。

これは、戦国時代の戦争って、大将が陣取る場所には、大概、幕で周りを覆って指令所にしていたと思うから、

 

幕を張る事自体が珍しい事じゃないと思うので、あまり説得力が無いような気がする。

これは、間違いとされている。

 

3番目は、そもそも幕張という表記は大正時代にこととされているらしい。

明治時代初期迄は、「馬加」と表記され「まくわり」と呼ばれていた。

 

鎌倉時代以前からの武家の名門千葉氏が勢力を持っていたが、その一族の中に馬加氏がいて、戦国時代に本家千葉氏を乗っ取ったらしい。それでこの地名が馬加と表記されるようになったと思われる。

 

その後、何故、幕張に表記に変わったかというと、多分、仮名遣いではどちらも「まくはり」だから、1番目の説にある通り、当時の情景と相まって、誰と無く「幕張」と表記が変わって行ったのではないだろうか。

 

ようは、あまりハッキリと確定はしないけど、由来が分かると感慨深い物があって、親しみがわく感じだ。

これからも、地名には興味を持って調べて見よう。

 

という事で幕張の由来でした。

それじゃ。又ね。 お終い。

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