この歳になって、ピアノを始めた意外な訳(その1)

      2017/02/07

決めた!何が?今日はピアノのレッスン日だった(もう昨日だが)

ピアノのレッスンの日はピアノに関連する事を書く事に。

 

これから、ブログを書き続けるにあたって、ネタ探しに困らない様に。

まぁ、その内にネタも尽きてしまうかもしれないが、決断した気持ちが大切だよね。

さて、何から書こうかなぁ。

 

まず、なぜピアノのネタなのか書かないと分からないだろう。

ブログを始めた理由とかけ離れているからね。

 

そもそも、なぜ、ピアノを習い始めたのか?

それを語るには、遙か昔にさかのぼって、中学の入学時代の事を書かないと、理解してもらえないかな。

 

それでは、行ってみよう~。

 

中学校の入学式が終わり、各々クラス決めがされた教室に入り、先生が入って来た。

先生の自己紹介が終わって、最初の出席確認の時に、最後(だったかな)転校生の紹介があり、1人の女の子が壇上に呼ばれた瞬間、僕の心の中で衝撃が走った。

 

2つに分けた3つ編みの髪の少女は、まさに天使の様な笑みを浮かべ、自己紹介する声さえも天使の様な囁きに聞こえた。

こんなに可愛い子がいるんだと思い、一瞬で一目惚れしてしまった。

 

中学に入ると部活に入る事が当たりまえだったように思うが、何処に入るかは、その子が入る部活と密かに決めていた。

淡い青春時代の短絡的な思考というか、単純というか、ませてた??のかな。

 

今、考えれば本当に短絡的だったと思う。

部活を決める時になって、多分教室の前で、皆ワッと集まって、入る部活を各自決めて書いていた様に思う。

 

その時に、さりげなく、その子がどの部活に入るか背後からストーカの様に覗いていた記憶は今もハッキリ覚えている。

何となく、予測はついていたが、その子が選んだ部活はブラスバンドだった。

 

何の迷いもなく、自分もブラスバンドに入部を決めた。

別に音楽が得意でもなく、好きでもないのに、その子が入るからと言う理由だけでブラスバンドに決めたのだった。

 

家族や友達からは、何で?とか言われたが、スポーツも得意だったわけでもなく、目が悪かったから、球技なんかは苦手だったのもあるかもしれない。

 

眼鏡はスポーツの邪魔だからね。

スポーツ部は、昔は何処の部活もそうだったと思うが、練習は厳しく辛いと言われていたが、ブラスバンドはスポーツ部に負けず劣

らず厳しいとの評判だったのだ。

 

そう、厳しいのは勿論、先生の事で、それも女の先生、早苗先生と呼ばれていた。

流石にもう亡くなられてるだろうなぁ。

 

その先生のおかげで県大会では、いつも上位を争っていたんだ。

入部初日は、新入部員の紹介に続いて、大体のパートを言い渡されて、自分は背が高いからと言う理由だけで、バスと言い渡された。

 

今はバスとは言わないのかな、ユーフオニュウムの大きいのと言えば分かりやすいだろうか。

マーチングバンドなどで見た事があると思うが、最後尾にいる頭の上に大きな丸いラッパを担いでる人が持っている楽器。大概2人位並んで行進していると思う。

 

ラッパの表面には、色んな絵やロゴマークが入った布を被せてるのを見た事がないだろうか。

自衛隊のパレードだったりお祭りのパレードでよく見かけるんじゃないだろうか。

 

その楽器の名前はスーザフォンと言うんだが、バスとはお仲間で練習の時はバスで、運動会等のイベントや町のイベントの時はスーザフォンを担いで演奏したものだ。

 

重くて、それは、それは大変だった。

真夏の時は汗だくになって吹いていたものだ。先生に汗まで拭いてもらってね。

 

そして、その天使みたいな憧れの女の子のパートはっていうと何故かドラム担当だった。

いや違うな、後から変わったはずだ?最初はトランペットだった。

 

女の子は、大概クラリネットかフルート、あるいはサックスとかが定番だたんだけど、トランペットは男子がやるもんだと相場が決まっていたのに何故かトランペットに指名された。

 

何故トランペットに指名されたのか!、

と言うわけで脱線ばかりで長くなってしまったので続きは次回のピアノの日にしよう。

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